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青森地方裁判所弘前支部 平成6年(ワ)34号 判決

主文

一  被告会社は、原告に対して、金六四四万一三六〇円、及び、これに対する平成六年三月三日から支払い済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告会社の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文第一項同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が、夫の訴外亡葛西忠夫(以下、「忠夫」という。)の勤務先であった被告会社に対して、忠夫の死亡により同会社が取得した保険金、ないし、同保険金の同額に相当する死亡退職金等の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1 当事者

被告会社は、視聴覚施設、映写機、映画フイルム等の販売、修理等を目的として、昭和四三年九月二七日設立された会社であり、忠夫は、同社設立の当初から同社の取締役の地位にあった。忠夫は、平成五年四月九日、大腸ガンにより死亡し、同人の妻の原告は、同人を相続した。

2 共済保険等契約の締結

被告会社は、忠夫を含む会社従業員の福利厚生ならびに同社従業員及び役員の退職金や退職慰労金の準備のため、各種の保険に加入していたが、忠夫に関しても、同人を被保険者、契約者を被告会社及び訴外日本団体生命保険株式会社(以下、「訴外会社」という。)として、次のとおり、保険契約を締結した。

(一) 昭和五六年五月一日、受取人を労基法順位により原告、保険金額を死亡一時金金九〇万一三六〇円とする企業年金保険(特定退職金共済)契約(以下、「本件第一契約」という。)。

(二) 昭和六三年一一月一日、受取人を被告会社、保険金額を死亡保険金金三〇〇万円とする福祉団体定期保険契約(以下、「本件第二契約」という。)。

(三) 平成二年八月一日、受取人を被告会社、保険金額を死亡保険金金五〇〇万円、その他疾病入院給付金や手術給付金等も該当事由があれば支払われるものとする無配当新定期保険契約(以下、「本件第三契約」という。)。

3 被告会社による保険金の受領

忠夫は、前記のとおり、大腸ガンのため、平成五年四月九日死亡したが、被告会社は、同人の死亡及び入院や手術の施行により、次のとおり、本件各契約に基く死亡保険金等合計金九四四万一三六〇円を受領した。

(一) 本件第一契約に基き、平成五年五月一九日、死亡保険金金九〇万一三六〇円

(二) 本件第二契約に基き、平成五年五月二八日、死亡保険金金三〇〇万円

(三) 本件第三契約に基き、平成五年五月二四日、死亡保険金金五〇〇万円

(四) 同契約に基き、平成四年一〇月一九日、入院及び手術給付金五四万円

4 被告会社の代表者訴外高橋誉四男(以下、「高橋」という。)は、平成五年五月二七日、原告方を訪れ、原告に対し金三〇〇万円を退職金として支払ったが、その余の保険金残金金六四四万一三六〇円については、その支払いをしない。

(以上につき、争いのない事実及び本件各契約の内容については、乙九ないし一一、保険金の支払日については、甲二の二ないし四)

二  当事者の主張

1 本案前の主張

(原告の主張)

原告は、平成五年一一月五日、本件訴訟物と同一の調停を弘前簡易裁判所に申し立てた。右調停は、平成六年二月二一日不調となったが、原告は、右不調の日から二週間以内である同月二八日に本訴を提起した。よって、民事調停法一九条により、本訴は平成五年一一月五日に提起されたものとみなされ、同日現在被告会社は清算中の会社であることにより、その当事者能力に何らの消長を来すことはない。本件は、原告が清算結了登記ずみの会社に対して債権を有しているとして、その請求権を行使している事案であるが、会社の財産に属する債務が残存しており、実際は清算が結了していないのであるから、清算人のすべきことは終わっておらず、会社はなお存続していると解するのが相当である。

(被告会社の主張)

被告会社は、忠夫の経営の失敗などにより累積赤字を生ずるようになり、平成五年九月三〇日株主総会の決議により解散し、同年一一月一〇日同登記を了し、同日高橋が清算人となり、同六年二月二四日清算結了の登記がなされた。法人は、清算結了の登記後は、当事者能力を失うものであるから、清算結了登記後の法人を被告とする本訴は、不適法であり、訴えは却下されるべきである。

2 本案の主張

(原告の主張)

(一) 保険金請求権

本件第二及び第三契約は、いずれも他人の死亡により保険金の支払いをなすべきことを定めた、いわゆる他人の生命の保険契約(商法六七四条)であるから、同契約の締結には忠夫の同意が必要不可欠であり、忠夫は、右各契約にあたり、右の同意を行っている。ところで、右各契約は、商工会議所による共済制度の一環として、会社従業員の死亡退職金、入院給付金、入院見舞金等を充実したものとするため、福利厚生の見地から締結されたものであり、一方、会社自体がまとまった退職金等の支払いを余儀なくされる負担を未然に防止したり、月々の掛け金を税務上損金として計上できる特典を与えるなど、会社にとって有益なものとして、締結されたものである。しかし、それ以上に、会社従業員の死亡を奇貨として、会社に望外の保険金を取得せしめる制度でないことは明白である。

したがって右各契約締結時、高橋は、忠夫との間で、万一、同人の死亡や入院手続等の保険事故が生じた場合には、同人の相続人らを固有の受取人として、右事故によって生じる保険金額を支払うことを約し、忠夫は、これを諒として右契約に同意したものである。よって、忠夫の相続人である原告は、右各保険契約に基づき、被告会社が右保険事故によって一旦受領した保険金額を同社に対して請求する権利を有する。

(二) 死亡退職金等請求権

商法六七四条一項本文が、他人の生命の保険契約の成立に、当該被保険者の同意を必要とする立法趣旨は、第一に不労利得の獲得という賭博保険の危険性、第二に被保険者殺害という道徳的危険性、第三に一般・社会倫理として他人の同意を得ずに同人の死亡を射倖契約の条件とすることの公序良俗侵害という人格的侵害の危険性である。ただし、事業者が保険契約者となり、その従業員を被保険者とし、事業者が保険金受取人となって、保険事故が発生した際に、その事業者が受取る保険金を退職金の基金に繰入れるような団体生命保険の場合には、他人の同意を厳しく要求する必要はなく、就業規則や労働協約に右保険金を退職金の一部として給付する旨の条項があれば足りるものと解されている。本件第二及び第三契約は、被保険者の同意について本人の自署や印鑑証明登録印の捺印を求める等の厳しい条件を付していないが、これは、同契約が被保険者の利益に働く保険契約であって、前記のような危険性をはらんだ保険契約ではないからである。ところが、被告会社は、右各契約の当時は、従業員の死亡退職金規程や入院・手術の際の見舞金規定が完備されていないままに、訴外会社との間で同契約を締結した。従って、同契約締結に際して忠夫が同意したことは、右同意の時点において、忠夫と被告会社との間に次のような契約が成立したとみるのが相当である。すなわち、被告会社は、忠夫が死亡した際に、当該保険契約に基いて、被告会社が訴外会社から支給される死亡保険金を下限として同人の遺族に対して死亡退職金及び弔慰金を支払う旨の契約及び同人が入院し手術を受けた際に当該保険契約に基いて被告会社が訴外会社から支給される入院給付金及び手術給付金を下限として同人に対して見舞金を支払う旨の契約である。

よって、忠夫の相続人である原告は、右各合意に基づき、被告会社に対して、同社が受領した保険金額に相当する死亡退職金及び弔慰金、見舞金を同社に対して請求する権利を有する。

(被告会社の主張)

(一) 保険金請求権関係

被告会社が本件第一契約に基づき受領した死亡一時金金九〇万一三六〇円については、平成五年五月二七日、原告に対して交付した金員により、清算済である。また、本件第二及び第三契約については、被告会社が契約し、保険料全額を支払い、保険金受取人も被告会社とされているものであるから、右保険金は、被告会社の固有の財産であり、原告は、被告会社に対し、右金員の返還請求権を有するものではない。

(二) 死亡退職金等請求権関係

原告主張の死亡退職金の支払い約定の成立は否認する。もし、右のような約定をしたのであれば、本件第一契約と同様、第二及び第三契約においても、保険金受取人を忠夫としたはずである。

第三  争点に対する判断

一  本案前の主張について

当事者間に争いのない事実及び《証拠略》によれば、原告は、平成五年一一月五日、本件訴訟物と同一の調停を弘前簡易裁判所に申し立てたが、右調停は、同六年二月二一日不調となったので、右不調の日から二週間以内である同月二八日に本訴を提起したものであること、他方、被告会社は、経営状況が悪化したため、平成五年九月三〇日、株主総会の決議により解散し、同年一一月一〇日同登記を了し、同日高橋が清算人となり清算事務を結了したとして、同六年二月二四日清算結了の登記がなされたことが認められる。

被告会社は、清算結了の登記がなされると、法人は当事者能力を失うものであるから、清算結了登記後の法人を被告とする本訴は、不適法であると主張する。しかしながら、民事調停法一九条によれば、前記のとおり、本件訴訟に先行して調停が提起されていることから、本訴は右調停の申立日である平成五年一一月五日に提起されたものとみなされるところ、右当時、被告会社は清算中の会社であったのであるから、現に本訴が係属している以上、被告会社の清算手続は、いまだ終了したものと言うことはできず、右登記がなされたからといって、被告会社が法人格を失い当事者能力を欠くに至ることはないものと解するのが相当である(最高裁昭和四四年一月二八日第三小法廷判決判例時報五四八号六九頁参照)から、被告会社の前記主張は採用しがたい。

二  本案の主張について

1 原告は、忠夫と被告会社との間には、本件各契約により、被告会社が訴外会社から保険金を受領した時は、同金額を下限として、忠夫の相続人に死亡退職金等を支払う旨の合意が成立していたと主張するので、以下、この点について検討する。

2 まず、本件各契約の性質ないし趣旨については、《証拠略》によれば、企業年金保険とは、会社が退職者の退職金を一時に支払う場合には、出費がかさむので、会社が保険の契約者となり、被保険者を社員または取締役として、退職金が支払えるように会社側で積み立ておく保険であって、保険金の受取人は満期や死亡の場合でも退職金を受取る社員または取締役とされていること、福祉団体定期保険及び無配当新定期保険は、いずれも被保険者の退職金、保険事故による疾病による給付金、死亡による遺族に対する弔慰金を支払うなどして、当該被保険者の福利厚生を達成することを目的とするもので、会社が保険の契約者となり、被保険者を社員または取締役とし、保険金の受取人は会社とされているものであり、企業年金保険との相違点は、前記の制度趣旨から、保険金が会社に支払われると税務上益金として計上されるが、会社が退職金や弔慰金として相続人に支払うと損金として扱うことができ、税金の対象とならないなど、税法上優遇されているものであること、また、保険料も安価であることがそれぞれ認められる。

なお、被告会社は、右保険金を契約者である会社が受領した時には、右金員は、会社の固有の財産となると主張し、《証拠略》中には、会社へ支払われた保険金は、会社の固有の財産であって、会社の損失補填に充てることができるなどの記載があり、これに添う部分がある。確かに、右契約の内容に徴するときには、保険会社は、契約者である会社を受取人として保険金全額を支払わなくてはならず、右会社が保険金を受領した後には、その使途について容喙する事はできないと解されるが、右認定にかかる約旨等に照らせば、右受領した保険金の使途については、会社と被保険者たる従業員との間の内部関係により決され、後記のとおり、右金員のうちの社会通念上相当な金額を従業員ないしその遺族に支払う必要があると言うべきものであって、全く会社の自由に委ねられていると言うことはできないから、前記各証拠はこれに反する限りで採用することができず、同主張も排斥を免れない。

3 次に、前記争いのない事実に加え、《証拠略》によれば、本件各契約が締結された事情について、以下の各事実が認められる。

(一) 忠夫は、昭和三三年ころから、被告会社の前身である、高橋が個人で経営する東映教育映画弘前配給所に映写技師として入社し、一時期、他の会社に転職したこともあったが、高橋らの説得により程なく復職し、右配給所が、昭和四三年ころ、被告会社となって以後も引き続き同社に勤務し、昭和五六年ころには、同社の青森営業所長となるなどし、平成五年四月に死亡するまでの間、約三〇年余にわたり、同社に勤務した。

(二) 被告会社は、前記のとおり、昭和五六年ころから、訴外会社の勧誘員である訴外神言忠の勧誘により、忠夫外の社員を被保険者として本件のような保険契約を締結していたが、前記のとおり、昭和五六年ころ、忠夫の同意を得て同人を被保険者として本件第一契約を締結し、さらに同六三年には、同第二契約を締結したが、忠夫は、自分が死亡したら保険金が入ってくるものと信じて、右契約の締結を喜んでおり、家族らにもそのように説明をしていた。

(三) 忠夫は、平成二年四月ころから大腸ガンに罹患して入院するようになったが、この時、高橋は、本件第二契約が加入の扱いになっていないので、再度契約を締結する必要がある、保険に加入すれば入院給付金も受けられるなどと虚偽の事実を告げて、忠夫の同意を取り付け、さらに本件第三契約を締結した。

(四) 忠夫は、平成四年の一月ころ、ガンが悪化し、肺と肝臓を手術し、同年六月ころまで入院したが、被告会社は、同年一〇月一九日、右入院及び加療の給付金として、訴外会社から金五四万円を受領したにもかかわらず、何ら右事実を忠夫に知らせることもなく、給付金の支払いもしなかった。また、被告会社は、右入院以後は、忠夫に対し、一切の給料の支払いもしようとせず、忠夫らは、社会保険の傷病手当だけで生活し、その大半を、高額療養費に宛てていた。

(五) 忠夫は、同年一一月ころ、右給付金の支給の有無について問い合わせをなし、支給のあったことを知ったが、そのころ、原告に対し、自分が死亡したら被告会社に保険金が入るが、その金員は遺族に対して退職金として支払われる。自分の死後は、被告会社に対して保険金が支払われたか、訴外会社に確認するようにと遺言をなし、同五年四月死亡した。

(六) 忠夫の死後、高橋は、本件第二及び第三契約に基く保険金を受領したが、原告に対しては、一切その支払いを行わず、また、保険金は受取っていない旨虚偽の事実を繰り返し述べたうえ、平成五年度の被告会社の決算においては、右保険金を会社の雑収入として計上し、これを会社の損失の補填に充てた。しかし、原告が忠夫の遺言に従い、訴外会社に問い合わせをしたところ、保険金の支給がされていることが判明し、本件訴訟に至った。

以上の事実関係をもとに検討すると、忠夫は、本件各契約締結後、一貫して自己が保険金の最終的な受取人であると信じており、保険金の支払関係に関心を持ち、被告会社に対して権利主張を行ってきたこと、高橋においても、本件各契約が被告会社の従業員の福利厚生を目的とするものであるとの趣旨を認識し、その旨を説明して、忠夫に対して本件各契約への同意を勧誘していたものと認めることができる。《証拠略》中には、前記訴外神言忠ないしは商工会議所の関係において、高橋に対し、本件各契約締結の当時、右保険金は、企業の損失補填に充てることができ、被保険者において、会社へ損害を与えているときには、当然、補填することが予定されている旨の説明をしたので、高橋においては、右の点を当然の前提として本件各契約を締結したとの記載や供述があるが、本件各契約の本来の性質が右のようなものでないことは、前記説示のとおりであるし、証人神言忠においても、右のような説明を被告会社に対してなしたことを否定しているうえ、前記認定にかかる契約の経過に照らしても、高橋が忠夫に対して会社の損失の補填にあてるためだなどと説明して本件各契約への同意を求めたり、忠夫において、右の点を了承の上、同意をしたとは考えがたい。被告会社において、本件各契約の当時、仮に右のような認識を有していたとしても、右は単なる内心的な動機と言う他はなく、忠夫と被告会社間の合意内容の判断を左右するものと言うことはできない。そして、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

4 次に、《証拠略》によれば、被告会社は、就業規則に退職金規程の定めを設けていないものであるが、従前から従業員らの退職に際しては、退職金等の支払いを行ってきており、被告会社の解散時における従業員らも、同解散に伴い、いずれも退職金の支払いを受けたものであり、その金額は、〈1〉 代表取締役である高橋においては、退職時の役員報酬月額金四五万五四〇〇円に勤続年数二五年及び功績率として二を乗じた数額である金二二七七万円、〈2〉高橋の妻で専務取締役の訴外高橋千恵においては、退職時の基本給月額金二二万円に勤続年数二五年及び功績率として二を乗じた数額を基礎として金一〇八〇万円であること、右高橋千恵は、忠夫と同様に特定退職金共済に加入しているが、退職に伴い、同保険金として、金八七万九七六〇円の支払いを受けたものであること、がそれぞれ認められる。

右認定事実によれば、被告会社の内部においては、退職時に相当額の退職金が支払われること、右退職金の算定額は、退職時の給与額及び勤続年数を基準として決定されるものであったこと、また、その引き当てとして、本件各契約による保険金が使用されることは、本件各契約の当時から、既にその内部で了解されていたものと見ることができる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

5 そこで、以上の認定事実を前提として、原告主張の忠夫及び被告会社間の合意の存否及び内容について、次に検討する。

本件第二及び第三契約は、いずれも他人の死亡により保険金の支払いをなすべきことを定めた、いわゆる他人の生命の保険契約(商法六七四条)であるから、同条一項本文により、同契約には被保険者の同意が効力発生要件として必要であるが、右規定の立法趣旨は、同保険制度が賭博または投機の対象として濫用されたり、故意に被保険者の生命に危害を加える等の危険を誘発することを防止すること、また、他人の生命を勝手に評価して取引の対象にするとすれば、その他人の人格権の侵害になる可能性があるので、当該他人の人格を尊重することにあると解されるところ、右条項の制度趣旨は、保険契約自体の規律に止まらず、これに付随する会社内における受領後の保険金の適正な内部分配等の解釈にあたっても指針となり、かかる保険制度が濫用されないように内部関係を認定、解釈すべきことを要請するものと考えられる。ことに、《証拠略》中において被告会社が主張するように、従業員が会社に損害を与えている場合に、その補填のために従業員を被保険者として右保険契約を締結し、同従業員の死後、同保険金で会社の損失を補填することを肯定することは、前記賭博保険の誘発の危険や被保険者の人格権侵害の可能性を招致するのであり、右内部関係の認定に当たっては、右の事態を回避することが要請されるものと言わなくてはならない。そして、これに併せて、前認定にかかる、本件各保険契約の制度趣旨、契約締結の経緯事情、当事者の意識、被告会社の退職金支給の状況等諸般の事情を綜合考慮する時には、本件各契約締結に際して忠夫がこれに同意を与えたことは、対外的には、被告会社と訴外会社との間に契約の効力を発生させるとともに、対内的には、同人及び被告会社の間で、忠夫が入院し手術を受けた際には、被告会社は、当該保険契約に基いて訴外会社から支給される入院給付金及び手術給付金を同人に対して見舞金として支払い、また、同人が死亡した際には、同社から支給される死亡保険金の中から、同人の遺族に対して、社会通念上相当な金額の死亡退職金及び弔慰金を支払う旨の契約を成立させるものであったと解するのが相当である。

なお、被告会社は、本件第二及び第三契約の保険金の受取人が第一契約におけるそれとは異なり、被告会社とされていることを根拠として、右合意の存在を争っているが、右約定の趣旨は、《証拠略》に照らしても、会社が被保険者に対し、受領した保険金を退職金等の名目で自ら直接に支払う形式を作出するものに過ぎず、特に前記合意を否定するような意味を認めることはできないから、右主張は採用できない。

6 《証拠略》によれば、忠夫は、その死亡時において、基本給月額金一六万一五〇〇円、役員報酬等を加算すれば月額金二四万三七〇〇円の支払いを受けていたことが認められるが、《証拠略》によれば、従業員の弔慰金の金額は、報酬月額の六ヶ月分が相当であるとされており、また、退職金については、前認定の被告会社における忠夫の勤続年数及び功績を考慮し、前記4記載の方法で退職金の金額を計算し、これを前記弔慰金に合算すると、その金額は、本件各契約中の死亡保険金相当額合計金八九〇万一三六〇円を下らないものと認められる。そして、右認定の事実に加え、忠夫及び被告会社との間の前記合意に当たっては、特に具体的に保険金額の一部のみを退職金等にするとの明示の特約も見受けられず、前記のとおり、合意の内容については、商法による規制や契約本来の趣旨をできる限り尊重して解釈すべきであることなども考えるならば、結局、本件においては、前記社会通念上妥当な金額とは、被告会社が受領した前記死亡保険金相当額の全額とするのが相当である。また、前記入院給付金及び手術給付金についても、前記3に認定した諸事情を考慮すれば、被告会社が受領した金額の全額である金五四万円が、本件の見舞金として相当である。

7 被告会社は、原告に対し、平成五年五月二七日、忠夫の退職金として金三〇〇万円を支払ったことは、当事者間に争いがなく、右金員は、前記6記載の被告会社が原告に対し支払うべき退職金及び弔慰金から控除されるべきものである。

三  以上の認定説示によれば、原告は、被告会社に対し、前記二6記載の退職金及び弔慰金等合計九九四万一三六〇円から、同7記載の既払額金三〇〇万円を控除した残額である、金六四四万一三六〇円、及び、右金員に対する期限の利益を喪失した後であることが明かな、本訴状送達の日の翌日である平成六年三月三日から支払い済みまで、民法所定の年五パーセントの割合による金員の支払いを求める権利を有するものと言うことができる。

従って、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がある。

(裁判官 畠山 新)

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